今、民間人と自治体が、協力し合いながら地域の課題に取り組む「コーポレートフェローシップ制度」が注目されています。
この制度は、企業の従業員が派遣先の自治体で3ヶ月間(週に1~2日ほど)、実際に職員と机を並べて働き、主にITを活用し、地域住民や職員と一緒に課題解決を目指す協働のこころみ。
企業にとっては人材の育成やオープンイノベーションによる新規事業創出の機会に。また、社員にとっては自身の能力開発やキャリア形成のきっかけになり「Yahoo!」や「NEC」をはじめ、日本を代表するIT企業が参加しています。
2017年は12自治体に18名のフェローが派遣され、なかでも、最多の6人を派遣するのが富士通株式会社(以下、富士通)です。なぜ、「コーポレートフェローシップ制度」は大きな広がりを見せているのでしょうか。
先日開催されたフェローの仲介をおこなう「一般社団法人 コード・フォー・ジャパン(Code for Japan)」が主催する「コーポレートフェローシップ制度」2017年報告会の模様をレポートします。
富士通の場合
富士通では、顧客と共にデジタルビジネスを創る「共創」を新たな事業の柱にかがげており、2017年5月には、共創の推進役として「デジタルイノベーター」という新職種を誕生させ「デジタル・フロント・ビジネスグループ」に集約しています。
同社(グローバルサービスインテグレーション部門 デジタルフロント事業本部 本部長代理)の柴崎 辰彦氏は、「コーポレートフェローシップ制度」に参加した経緯を、“住民が離散しているなかで繋ぎあわせるタブレットサービス”という、今までになかった課題にチャレンジした福島県浪江町とのプロジェクト「きずな再生事業」の参画を例に、「私たちは受託型で、言われたことを、言われた通りサービスを提供してきたが、これからは課題によこたわる暗黙知のようなものを共有し、創りあげてゆくノウハウがないと社会に貢献できない」と話し、アイデアソンやハッカソンといったイノベーション人材やゼロイチ人材を育てるためにも、「コーポレートフェローシップ制度」は画期的だと話しました。
それぞれのフェロー活動報告
では、実際に各自治体にはどのような課題があり、フェローが参加したことでどのようなイノベーションが起きたのでしょうか。
例えば神奈川県鎌倉市の場合。市の政策創造課にフェローとして派遣された、中井 真莉子さんは、同市の公園課に日々寄せられる市民の声を単なる情報の蓄積ではなく“活用できるデータ”として構築しなおすオープンデータの見直しの業務にあたりました。
https://www.code4japan.org/fellowship/kamakurashi-2017-2half/
また、シニアの就労相談会では、「議論」を絵や図などのグラフィックに「可視化」し記録する「グラフィックレコーディング」が有効と考え、専用のヒアリングシートの作成。市民の声を引き出し、意見を活性化させる手段として「エモグラフィー」にも挑戦するなど、感情に寄り添うことで新しいニーズを引き出す方を提案。市民・職員とのワークショップを行ったそうです。
鎌倉市はフェローを迎えるのが2回目であり、報告会に参加した市職員の伊藤 沙織さんは、民間と自治体の垣根を越えて共通の課題に取り組める関係性はとても新鮮な体験だとしています。
前任者との課題の共有
前任のフェローが考えたシステムを引き継ぎ、ブラッシュアップするという課題に挑戦したのが、富山県南砺市に派遣された江波 龍一さんです。
世界遺産の「五箇山合掌造り」や国指定重要無形民族文化財「曳山祭」を有する南砺市は、人口が5万人程度であり過疎化が進みつつあります。前任のフェローらは、南砺民の悩みや相談を役所が吸い上げ、市外の方からチカラを借りる「応援市民制度」を立ち上げましたが、実際に運営されるにあたり課題がでてきていました。
登録者が伸び悩み、実施される応援も増えてゆかないため、リーンスタートアップ(高速仮説検証)の適用を行なったところ、すでにある同じようなスキームが連携されていないことが分ったそうです。
https://www.code4japan.org/fellowship/nanntoshi-2017-2half/
「新しいことを始めるのは良いが、実は、他の部署で同じようなことを取り組んでいることもある。ポイント制度を使って「応援市民制度」を盛り上げるなど、短期的に応援市民の数を増やす案などもあったが、むしろ横の連携や下支えが必用なのではないか?と感じ、地域課題をコーディネートする人材や、誰もが参加しやすいプラットホーム作りが急務」と報告したそうです。
江波さんは「役所は1年段位で課題を解決してゆくが、3ヶ月でスピード解決する手腕を評価され、町内の働き方を変えてゆく第一歩になる成果を得た。今後は、その繋がりを見えるカタチにして活用できたらいい」と、市民や市職員との共有だけでなく「次ぎに派遣されるフェローにも引き継いでもらえるシステムがあれば良い」と締めくくりました。
まったく経験のないことにゼロから挑戦する
フェローシップに参加する意義としてもっとも多い声が“現場ならではの経験”です。見知らぬ土地でゼロからイチを生み出す仕事に携われ、生のフィードバックを体験できるチャンスのようです。
神戸市の医療・新産業本部 企業誘致部 企業立地課へ派遣された高岸 由佳子さんは、若手IT人材をシリコンバレーに派遣し、起業家マインドの育成を図る5日間のプログラムなどの「スタートアップ教育支援のサポート」を行ないました。
https://www.code4japan.org/fellowship/koubeshi-2017-2half-2/
IT人材を教育のためにシリコンバレーに派遣するというプロジェクトは、高岸さんにとって未知の世界。「まず、スタートアップ・企業家マインドといわれても私はぞの経験がない。さらにシリコンバレーに知り合いや伝手(つて)がある訳でもなく、会社内やフェローのメンバーに協力を仰ぐことからはじめた」と話します。
その力添えもあり3社の研修先を手配。なかでもシリコンバレーから生まれたNGO団「benetech」の社会活動に共感し影響をうける学生が多く、彼らが社会を変えたい気持ちで起業をめざしていることを感じたそうです。
神戸市では、まだまだスタートアップ自体が浸透しておらず、高岸さんは「地域や行政の課題を、ITスタートアップと市職員が協働して解決するプロジェクトを立ち上げるなど奮闘し「ゼロからイチを生み出す経験ができた。たくさんの方に出会い“顔が浮かぶ関係になれた”ことが嬉しい」と話しました。
フェローはなにが違う?その価値は?
自治体は課題解決をベンダーに委託することもできます。しかし、あえてフェローを頼む理由は、まず第一にフェローと職員が一緒に地域課題解決を目指すシステムであることです。
ある自治体職員は「自治体は決まったことをやるのは得意。けれど課題の本質を探り何かを創ってゆくのは苦手。一緒に働くことで民間ならではの作り方・考え方を教えてもらえ色々と学べる」と話します。
コード・フォー・ジャパンでは、フェローに「〇〇して下さい」ではなく、あえて「〇〇が課題です」と伝え、フェローと自治体の関係が平等であり協働が目的であることを明確にして派遣するとしています。
第二に、自治体に新しい視点と価値観を持ちこむことができる点です。「組織には独特の閉鎖感があり、内部の職員が発言してもなかなかコトが動かない。そこにフェローが第三者の目で、しがらなみなく発言してくれると課題解決へ一気に動く」のような例があがり、なかには「それをきっかけに、職員からも意見があげらるようにり活気的になった」と、現場の意識改革にもつながる報告もありました。
フェローシップ制度の課題と期待すること
今後に望む改善点では、自治体側は「フェローが動きやすいように、どの部署とつなげ、どの企業を紹介すれば良いのか分らず苦労することもある。参加している自治体同士が気軽に意見交換できる場や、フェローから定期的に助言がもらえる仕組み作りが欲しい」
また、企業側からは「どこまでアフターフォローするのか? また、フェローが複数人、同じ自治体に派遣されてもいい。方向性を確かめたり、互いにその場でディスカッションできるので客観的にもなれる」といった意見がみられました。
さらに派遣の時期について、企業側からは「年間を通してより多くの人を派遣したい」という声がある一方、自治体側からは「下半期になると議会があったりとセッティングが難しい。上半期の方が望ましく、できれば前半に成果をあげ12月で予算をとりたい」など意見もあり課題が浮き彫りになりました。
今回の報告会を通し、富士通の柴崎氏は「課題を、ITのチカラで解決すれば良いと思っていたが、まずはアナログの世界から“地ならし”をして課題を見つけることが先。技術力は最後だと感じた。半分以上はITの話しではなく、全体を見渡せてプロデュースできる人材が大切だと思った」と感想をのべるとともに「フェローの皆さんの報告は、それぞれ特徴があってユニークだった。今年は、さらに数を増やしてフェローシップに参加したい」と意欲をみせ、締めくくりました。