東日本大震災から今年で12年。
スケートボードを通して東日本大震災の記憶を語り継ぐプロスケーターがいる。
宮城県塩釜市出身のスケーター、阿部直央だ。
2011年3月11日、自身も仙台市宮城野区にある榴岡(つつじがおか)公園にいた時に震災を経験する。
その後、周りで被害を受けた友人達と関わるうちに、プロスケーターとして出来ることをやろうという思いと、昔の人が伝えようとした津波の恐ろしさを、世代を越えて伝え続けていきたいという願いを込めて、震災の翌年2012年からDon’t Forget Partyというイベントを毎年行っている。
参考:「千年続くように…」スケーター阿部直央の考える東日本大震災“Don’t Forget Party”
http://magazinesummit.jp/hobby_sport/1404198180326
Don’t Forget Partyは今年で11回目となる。
※2020年はコロナ禍のため中止。
【今もこれからも…スケートボードで出来ること】
2023年3月11日、今年で11回目となったDon’t Forget Partyは、事前にSNSで告知をし「当日セッション(一緒にスケートすること)しましょ!」という形のものだったが、当日は子供から大人まで40人ほどが集まった。
阿部直央やローカルスケーター達とセッションをするために、筆者も開催場所となった榴岡公園スケートパークに足を運んだ。
スケートボードで交流し、語り継ぐ。 駆けつけたスケーターは、この日は自分のためだけに滑るのでなく、スケートボードを通して、震災を経験していない子供たちにもあの日の出来事を伝えていく。
小さな子供だと今はまだわからないかもしれないが、いつか時間が経った時に、この日のDon’t Forget Partyを思い出してくれるかもしれない。
東北を代表するスケーター松木愛瑠 (左)と、現在は宮城県亘理町で活動するスケーター石塚佑太(右)もこの日駆けつけた。
松木愛瑠/フロントサイドキックフリップ
石塚佑太/スイッチオーリー
この日ヤバい滑りを見せたスケーターにはImperial Skateboardのデッキやnew balance numericの靴、Needle Hatやステッカーが配られた。
【12年経った今、あの時と同じこの場所で】
阿部直央/フロントサイドビッグスピン
イベントが行われた榴岡公園スケートパークは仙台駅からJR仙石線(石巻方面)で1駅の榴ヶ岡駅から徒歩5分という好立地。
2021年1月にリニューアルされてからは、初心者でも楽しめる無料スケートパークとして人気のスポットだ。
スケートパークのある榴岡公園は春には桜の名所として、地元の人を中心に賑わいを見せる。
阿部直央は12年前のこの日、この場所にいた。
だから今年は、この場所にこだわりたかったと話してくれた。
Don’t Forget Partyを見ていて感じたことは“今はただ、一緒にスケボーを楽しむ”ということだった。
何年先、何十年先…Don’t Forget Partyがどんな形になっていくのかは想像もつかないが、彼らの思いが次は千年続くように願っている。
参考:「千年続くように…」スケーター阿部直央の考える東日本大震災“Don’t Forget Party”
http://magazinesummit.jp/hobby_sport/1404198180326
文・小嶋勝美
スケートボードの情報を幅広く執筆する、スケートボードライター兼放送作家兼スケーター。
10年間のお笑い芸人生活を経た後、放送作家をしています。