インバウンドが興味をもつ街
三木先生は十二社商店街の魅力を再発見するために、実際に街を歩き調査をする過程で不思議なことに気がついたといいます。
「古い商店街の良さを残しながらも飲食店に通う客層がとても“今どき”なのです。この先にこだわりのコーヒーを飲ませてくれるCaféがありますから、そこで話しを聞いてみましょう」と、次ぎに案内してくださったのは、Café味陶庵「志奈川」。十二社商店親睦会の副会長を務める品川さんのお店です。
この辺りの飲食店には、コンビニ飯やチェーン店にはない味を求めて通うビジネスマンが多いそうですが、最近、増えたのが外国人のお客様だそうです。
「「どうしてこんな町に?」と聞くと「歌舞伎町のような繁華街でなく日本の下町と風情に興味がある」と答えるんです。長く住む町というのは自分達ではその良さやは分らないものですから…驚いちゃって」と品川さんは話します。
「そんなインバウンド達の姿を見て、町や地域を活性化するヒントは、流行に背を向けては得られない。殻に閉じこもっていては何も始まらないと気がつきましてね。ですから工学院大学の学生さん達が「新宿十二社」という街をどう見て、何を感じ取ってくれるのかとても興味いんです」
近年、古い商店街や横丁などに若年層や外国人が多く訪れ活気を取り戻す例が増えています。新宿十二社は、そんな“なつかしくて新しい”魅力が存分にある町なのです。
花街の痕跡
町内の住宅地を巡りよくよく観察すると、今と昔が混在した印がそこかしこにあります。残念ながら老築化が進み取り壊している建物もありましたが、かつては「料亭」だったらしき門構えの民家など、花街の名残りを留める風景を見つけることができます。何気なく歩いていると気がつきませんが、不自然な段差や階段は、昔そこに“何か”があったことを示しているようです。
写真左)「料亭」だった思われる建物。写真右)「電信柱の銘板に「新宿十二社」の地名と「西新宿四丁目」の地名が同居していますね」と三木先生。
三木先生に案内されながら裏路地へと進むと、やがて映画のロケ地かと思うような趣きのある玄関が見えてきました。60年前に料亭の離れだった建物で、居酒屋を営む「品川亭」さんです。
先ほどコーヒーをいただいた味陶庵「志奈川」さんと同音の屋号?どうやらご親戚のようですが、引き戸を開けてお邪魔すると……?? ここにも、あそこにも七福神!
昭和へタイムスリップしたような不思議なムード漂うほの暗い店内は、新宿十二社の歴史をさかのぼる散歩のメインに相応しい空間です。百体を超える七福神のせいか、まさしく聖地にいるような気分になってきます。
「店の雰囲気が珍しいのか外国人観光客の方も多いですよ」とご主人。七福神は先代が集めはじめたもので、もはや何体あるかは不明とのこと。幸せの神様に混じり見えるのは“酒場詩人”の吉田類氏ですね。「品川亭」は「酒場放浪記」(BS-TBS)でも紹介されたマニアからインバウンドまでが訪れる名店なのです。
変わりゆく街の物語
さて、昼過ぎから周りはじめた新宿十二社界隈ですが、気が付けば夜の帳が下り街に灯がともる時刻に。「最後に散歩を締めくくる素敵な場所を通って、新宿駅に戻りましょう」と案内されたのは、都庁を正面から眺めることのできる坂道でした。
在りし日の街の痕跡を探していたせいでしょうか。十二社から都庁を眺めると、なぜだか新宿の街が遠く感じられノスタルジックな気分になります。この隔たりこそが、十二社町の魅力なのかも知れません。
「隔たりといえば、最初の蕎麦屋さん(福助)のすぐ横に大きなイチョウの木(雌)があるのですが、近くに雄の木が見当たらないんですね。ところが熊野神社に、ほぼ同じくらいの年輪のイチョウの木(雄)がポツンと立っていて。おそらく1940年頃に拡幅された「十二社通り」によって分断されてしまったのではないかと。まるで織姫と彦星みたいでしょ?」
なんともロマンチックな話ですが、都市開発の陰にはそこに住む市井の人々の出会いや別れといった名もなきドラマが埋もれていることでしょう。(これは恋人と連れだって十二社巡りをしても楽しそうです)
パワースポットの由来をきっかけに、西新宿一帯の歴史を知る思わぬ散歩となってしまった今回の取材。日本一のターミナル駅であるJR新宿駅から歩いて10分程で訪れることができる大都会の一角に、古き良き街の面影を感じる不思議な体験ができました。
三木先生が手がける“CYBER十二社”は、3年間の計画で街の活性化プロジェクトを行います。「変わりゆく街の物語を、新宿十二社という土地を通して感じてもらえると嬉しいですね。街の歴史を知れば、そこから新しい魅力が芽吹く。その種を見つけるお手伝いが出来れば良いと思っています」と話し、小さな旅を締めくくりました。
ご協力いただいた三木先生、工学院大学の学生さん、そして十二社商店親睦会の皆様。ありがとうございました。