そんな鉄拳さんのルーツといえば、スケッチブックに描かれた自筆の絵を見せながらのフリップ芸(めくり芸)、「こんな〇〇は嫌だ」でした。覚えていらっしゃいますでしょうか…
小生、ナンセンス絵本の巨匠、井上洋介さんの絵本を読むたび、鉄拳さんのネタのルーツは、井上洋介さんのナンセンス絵本にあるのではないかと、勝手に考えてしまいます。(鉄拳さんが井上洋介さんの絵本をご存じかどうかは知りません。)興味おありの方、是非、比較して頂きたい!
例えば、こちらは小生が大好き井上先生の作品に「へんなえほん」。
表紙をめくると、いきなり…「わさびとしょうゆをよういして、つりをしているひとはなんかへんだ」
さらに、めくると、…「ほえるいぬにほえかけているひとは、なんかへんだ」
さらに、めくると、…「やねにいぬがいるのは、なんかへんだ」
さらに、「うしをみて、おいしそうだなとおもっているひとは、なんかへんだ」「さかみちは、みじかいステッキにかえるひとは、なんかへんだ」といった具合に、独特のタッチの絵で次々と「なんかへんな状況」が描かれているのであります。
どうでしょうか?似ていると思うのは私だけ?さらに、小生の好きな井上先生のナンセンス絵本をもう一冊。
こちらは、「ちょうつがいの絵本」。こちらは、ページをめくるたび、あるものに蝶番(ちょうつがい)が付けられているとう絵本。例えば、「ダックスフントは、胴長の犬だ。曲がる時には、ちょうつがいが便利」というテキストと共に、大きな蝶番がダックスフントの胴に取り付けられた絵が描かれております。
他には、カタツムリに蝶番がいくつも取り付けられていたり、腰の曲がったおばあさんに、取り付けられていたり、…。(どんな絵か想像できますか?)
そしてラストは、とんでもないところに蝶番が取り付けられています。
そんな井上洋介さんですが、実は、小生の大好きな長新太(マツコ・デラックスさんも絶賛のナンセンス絵本作家)さんと同様、絵本の前に漫画を描かれております。
実は(自論ですが)ナンセンス絵本作家の巨匠に、元漫画家さんが多いのでございます。佐々木マキさんも漫画を描かれておりました。そんなこんなで、井上さんの経歴を調べてみたら、ビックリ!なんと、 あの寺山修司様の「天井桟敷」のポスターも手掛けられております。
さらに、多数の創作絵本や漫画、挿絵の他に油彩、墨絵、版画など絵画作品も多数制作しておられます。先日、渋谷で井上先生の画家としての一面にフォーカスした展覧会『井上洋介 絵画作品展』にお邪魔したのですが、そこに展示されていたのは…
とにかくすごいのであります。いろんな意味で衝撃的でした。戦争体験が画業を志した動機のひとつだったそうで、その影響もあってか、その作風はエログロナンセンスなのだとか…。
正直、絵本作家としての井上先生の作品しか知らなかった小生には、あまりに刺激的でした。ちなみに、こちらが、井上先生の絵本作家としての代表作でございます!
3、2、1、ドン!
こちらの「くまの子ウーフ」の童話シリーズは、小学校の国語の教科書に掲載されたのでご存じの方も多いかも。
また、「月夜のじどうしゃ」で1994年度に講談社出版文化賞絵本賞、さらに、「でんしゃえほん」で2001年に日本絵本賞大賞されております。そんな井上先生が、あのようなエログロな作品を手掛けていようとは…。
その絵画展ではトークショーもあり、その中で昔、井上さんが「デザイン」という雑誌に載せたコメントが紹介されました。
「破綻がある、とか気違いじみているといった言葉を俺はかなり好きです。反対にキレイとか完成している、といった言葉はムシズがつッぱしります。モノスゴク下手くそというのも魅力的です。モノスゴクとクソがただものではないのです。下手だけでは魅力がありません。」
いかがでしょうか…この話を聞いていて、最近読んだ原田ハマさんの「楽園のカンヴァス」の中に出てくる、ピカソの絵を語った一節を思い出しました。
「傑作というものはすべてが相当な醜さを持って生まれてくる。この醜さは、新しいことを新しい方法で表現するために、創造者が闘った証なのだ。美を突き放した醜さ、それこそが新しい芸術に許された「新しい美」。それが、ピカソの結論でした。」
ナンセンス絵本の巨匠でもあり、エログロナンセンス画家でもある井上洋介の絵本、そして絵、一度ご体験くださいませ。