
貯木場の街・新木場がいま、日本のライフサイエンス産業の新たな拠点として注目を集めている。2026年3月13日、その象徴となる彫刻家・名和晃平氏の新作アート『Cell Tree』が「三井リンクラボ新木場3」でお披露目された。
一見対極にある「サイエンス」と「アート」が交差する瞬間にこそ、真のイノベーションが宿るのか。次世代を担う起業家とアーティストが語り合った、新たな産業創造の未来をレポートする。
ライフサイエンスの集積地に現れた「銀色の樹木」

Kohei Nawa Cell Tree 2026 paint on aluminum 5200×2433×2266mm
photo:Nobutada Omote
東京メトロ有楽町線・新木場駅から徒歩6分。運河を臨む開放的な場所に位置する「三井リンクラボ新木場3」。ここに世界的な彫刻家・名和晃平氏の新作『Cell Tree』が設置された。
作品を目にしてまず驚くのは、その圧倒的な存在感だ。アルミニウムの鋳造で作られた銀色の樹木は、周囲のリアルな緑と溶け込みながらも、どこか異質な、未来から舞い降りた生命体のような静謐さを湛えている。

「この彫刻は、細胞(Cell)の連なりであり、生命の継承と変化のネットワークそのものを形にしたものです」と名和氏は語る。名和氏といえば、剥製をレンズで覆う『PixCell』シリーズで知られるが、今回の作品はその思想をさらに拡張し、このラボで働く研究者たちの環境を意識して制作された。
「0から1」を生み出す苦しみは、アーティストもサイエンティストも同じ

トークセッションでは、名和氏に加え、iPS細胞から卵子を作るという革新的な技術を持つバイオスタートアップ、株式会社Dioseveの岸田和真社長、そして仕掛け人である三井不動産の山下和則常務執行役員が登壇した。
議論の焦点となったのは、「サイエンスとアートの共通点」だ。Dioseveの岸田社長は、自身の研究プロセスを振り返りながらこう語った。

「私たちの研究でも、実は『直感』がすべてを動かす瞬間があります。卵子を作るために遺伝子を『足す』のではなく、あえて『抜く』という選択をしたことでブレイクスルーが起きた。この引き算の美学や、シンプルでシャープな答えに辿り着くまでの葛藤は、名和さんの創作活動と驚くほど似ていると感じました」

これに対し名和氏も深く頷く。「アーティストも、無数の失敗と実験を繰り返します。論理を超えた先にある『これだ』という感覚を信じて形にする。研究者の方々がラボから出てこの『Cell Tree』を見た時に、思考に良いノイズが走り、新しいインスピレーションが生まれる。そんな場所になれば嬉しい」
廊下での「雑談」が未来を変える

三井不動産の山下氏は、新木場の街づくりに込めたビジョンを熱く語った。
「かつての日本企業は自社内ですべてを完結させる垂直統合型でしたが、今は異なる知性が混ざり合う水平分業の時代です。イノベーションの聖地であるボストンのように、廊下ですれ違った時の雑談や、カフェでの何気ない会話から未来を変えるアイデアが生まれる。そんな偶然の発見『セレンディピティ』が起きる仕掛けとして、このアートは不可欠でした」
実際、Dioseveのような入居企業同士の交流から、新しいアイデアが生まれる可能性も期待されている。アートは、そのコミュニケーションを加速させるための「触媒」なのだ。
五感で体験するライフサイエンス

イベントの演出もまた、徹底していた。会場では細胞をモチーフにしたフィンガーフードが提供された。視覚だけでなく味覚、触覚を通じ、自分たちもまた細胞の集合体であるという事実を再認識させる試みだ。
「ライフサイエンス」というと、どこか遠い世界の難しい学問に聞こえるかもしれない。しかし、名和氏の作品や、このラボで語られる言葉を通じて見えてくるのは、私たちの「命」そのものに向き合う、極めて人間的でクリエイティブな挑戦の姿だった。
週末、新木場が「学びの実験場」に

新木場に根を下ろした銀色の樹『Cell Tree』。この木が100年後の未来、どのような実を結んでいるのか。サイエンスとアートが火花を散らすこの街から、世界を救う新しい技術が生まれる日は、そう遠くないかもしれない。
週末、散歩がてらに新木場へ足を運び、未来の鼓動を感じてみてはいかがだろうか。
三井リンクラボ公式サイト:https://www.mitsui-linklab.jp/






