オーソモレキュラーという療法になじみのない人は多いだろう。栄養療法といい、通常の診療や服薬とは別に、患者の背景や個人差を考慮しつつ詳細な血液検査を元に、食事と医療用サプリメントで栄養を補い、体全体のバランスを整えることで根本治療を行うというものだ。みぞぐちクリニックの院長を務める溝口徹氏は、日本においてオーソモレキュラー療法をけん引する存在である。そんな同氏に、同療法を取り入れ始めたきっかけ、効果、メリットとデメリット、今後の展開について聞いた。
高校生の頃好きだった化学の勉強が仕事に生きる
当クリニックで実施しているオーソモレキュラー療法は、診療の過程で血液検査データの生化学的解釈が必要になります。振り返ってみれば、高校生の頃から有機化学の勉強が好きでしたね。炭素同士の結合一つとっても、食品になったり、あるいはナイロンになったりと、さまざまなものが生まれるということを知り、とても驚きました。高校卒業後の進路に迷ったときも、決め手になったのは化学でした。しかし、研究職に就く自分の姿をイメージできず、ふと思い浮かべたのが医師と教師でした。そこで医師であるいとこに進路の相談をしたところ、医師の仕事がいかに面白いかを聞き、医学部を目指すことになりました。
大学卒業後は、横浜市立大学医学部付属病院での臨床研修を経て、麻酔医になる道を選択。国立循環器病センターで経験を積んだ後、1995年に神奈川県藤沢市でペインクリニックを開業しました。麻酔医というと手術前の麻酔の投与をイメージされる方が多いのですが、がんの緩和ケアのように患者さんの痛みを和らげるというのも仕事の一つです。独立後は、他の医療施設を受診したものの、痛みが取れないという患者さんを対象に、主に神経ブロックによるケアを行っていました。その当時はペインクリニックが多くなかったこともあり、慢性的な痛みに悩む多くの患者さんにご来院いただきました。
妻の原因不明の不調を治したいという思いからたどり着いた療法
たいていの患者さんは神経ブロックで効果を実感されるのですが、中にはそうでない方もいて、ちょうどそのことにもどかしさを抱いているときでした。妻が二人目を出産したことを機に体調を崩してしまったのです。何かいい治療法はないかと探していた時に出会ったのが、オーソモレキュラー療法でした。検査をして分かったのは、そのときの妻の栄養バランスが非常に悪いということで、それは通常の検査ではわかりえないことでした。そこで妻に同療法を試したところ、見る見るうちに元気になったのです。その効果を目にし、クリニックでも取り入れることに。効果が評判を呼び、オーソモレキュラー療法を希望する患者さんが増えたことを機に、専門のクリニックを立ち上げたのが2003年のことでした。
この療法のメリットとして、服薬している薬の効果が上がりやすい体質に改善できるという点が挙げられます。結果、薬の量を抑えられるため、その薬による副作用が減るという効果も期待できますね。また、栄養バランスが整うことで、肌がきれいになる、生理不順が解消される、朝起きられるようになるなど、本来の目的以外のうれしい効果も得やすくなります。一方で、食事をおろそかにできないというデメリットも。これに関しては慣れるまでが大変で、患者さんに最適な食事管理をできるよう、スタッフと一丸になってサポートをします。サプリメントを処方して終わりではなく、改善するまで寄り添うことも大切な診療だと考えています。
患者さんの改善を目の前で見られることが何よりのモチベーションに
オーソモレキュラー療法を実施して以来、日々手応えを感じていますね。この療法は元々、カナダの精神科医のエイブラム・ホッファー医師が患者のために考案したものです。その流れもあり、今では発達障害や自閉症の治療としても取り入れられています。私の患者さんの中にも、三才の自閉症のお子さんがいて、初めて来院したときはコミュニケーションをとれず、歩き方にもふらつきがありました。ところが先日、その子が困っている場面で母親に「ママ」と助けを求めたそうです。場面に即した言葉が出たことで、コミュニケーションを実感できたと、その子のお母さんがうれしそうに話してくれました。こういった話は頻繁に聞くのですが、そのたびに「よかった!」と思いますし、だからこそこの仕事を続けられているのだと思います。
診療以外に、今後はより発信に力を入れていきたいと考えています。近年の栄養ブームでプロテインや低糖質といった単語が注目を集めていますが、人によって補うべき栄養は異なり、ただ情報が垂れ流されているだけの現状に疑問を抱いています。ですから、適切な摂取と、それによる効果の素晴らしさをもっと多くの人に知ってほしいですね。特に若い女性には正しい知識をもってほしいです。オーソモレキュラー療法によって、多くの人が悩まされている女性特有の病気の改善や、妊娠しやすい体質への改善も期待できます。診療を通じて、もっと多くの患者さんの健康に寄与し、笑顔にしたいですね。
医療法人回生會理事長、みぞぐちクリニック院長 溝口徹 (みぞぐちとおる)
クリニックURL:https://mizoclinic.tokyo/
神奈川県出身。1990年 福島県立医科大学卒業。 横浜市立大学医学部付属病院、国立循環器病センター勤務を経て、神奈川県藤沢市に溝口クリニック(現 辻堂クリニック)を開設。痛みを専門に扱うペインクリニックを中心に、広く内科系疾患の診療にも従事。2000年から一般診療に分子栄養学的アプローチを応用し始め、治療が困難な疾患にたいする栄養療法を実践し多くの改善症例を持つ。2003年日本初の栄養療法専門クリニック『新宿溝口クリニック』を開設。2021年クリニックを東京八重洲に移転し、『みぞぐちクリニック』を開設。毎日の診療とともに、患者や医師向けの講演活動を行っている。