VXを超える殺人ガスもある!? 毒ガスの歴史をざっくりプレイバック

2017/03/01
放送作家 石原ヒサトシ

マレーシアで金正男氏が毒殺されたニュースが世界を賑わせています。使われたとされるのは「VXガス」。VXガスとは、1950年代にイギリスで開発された化学兵器で、現在では化学兵器禁止条約によって使用の禁止はもちろん、製造、保存、研究を制限されています。しかし、この世で最も殺傷力が高いとされるこの兵器をいつテロリストなどが利用しないとも限りません。

 

そこで、毒ガスについて気になったので調べてみました。

 

毒ガスの種類

毒ガスと言っても種類がいくつかあるそうです。化学の専門用語を並べたところでさっぱり分からないと思うので、かなり簡単にまとめると…

 

1.「神経ガス」身体内外から吸収され、副交感神経の興奮症状、筋けいれん及びマヒを起こす。

 VX、サリンなど数種類存在し、殺傷能力が極めて高い。

2.「窒息ガス」呼吸器系を刺激、損傷し肺水腫を起こす。殺害目的で使用する。

3.「血液ガス」血液中に吸収されて呼吸失調をきたす。殺害目的で使用する。

4.「びらんガス」皮膚に発赤、水ぶくれを形成し、眼の障害及び吸入により呼吸器系を冒す。撹乱させる。

5.「嘔吐ガス」呼吸器系に強い刺激を与え、特に鼻、眼を刺激し咳と嘔吐に起こす。撹乱させる。

6.「催涙ガス」眼を刺激し、流涙と疼痛を起こす。撹乱させる。

 

1の「神経ガス」は、皮膚の粘膜からでも体内に吸収され死に至らしめる、最も恐ろしいものです。以上のように殺害を目的とするガスや、相手を捕らえる事等も考えた撹乱させるガスもあるわけです。

 

毒ガスと戦争の歴史

毒ガスは、いわずもがな戦争で兵器として使われてきました。その恐ろしい歴史を簡単に振り返ります。

 

人類最初の毒ガス兵器

 

なんと紀元前5世紀、現在のギリシャ付近で起こった「ペロポネソス戦争」で、スパルタ軍が使用した「亜硫酸ガス」だといわれています。その効果もあってか、勝ったのはスパルタ軍でした。

 

本格的に使用されたのは第一次世界大戦(1914~1918年)

 

1914年8月 フランスが「プロモ酢酸エステル」という毒ガスをドイツ軍に対して使用しました。1915年4月 ドイツ軍が「塩素ガス」をベルギー領内のイープル戦線で使用。前線に約5キロに渡り「液体塩素」を入れたシリンダーを設置、バルブを空けるとガスは雲状になって広がり、連合軍兵士1万5千人が被害を受けました。

 

ドイツは更に開発を進め「ホスゲン」というガスを使用。今度はイギリスが「塩素&ホスゲン(混合物)」を製造。と言った具合に、ドイツと連合軍の毒ガス合戦になって行きます。

 

ドイツの強力毒ガス弾

 

1917年 ドイツは「マスタードガス(別名イペリット)」を入れ込んだ毒ガス弾を作ります。

硫化ジクロロエチルという液体で出来た化学剤は持続性があるため効果が絶大で、数ヶ月でイギリス軍死傷者は18万人以上に達しました。この数字は、第一次大戦で毒ガスによる死傷者の70%にあたるとされています。

 

その頃、アメリカではマスタードガスに対抗する「ルイサイト」という毒ガスを開発しています。第一次大戦で、毒ガスを浴びた人は100万人以上と言われ、死者は10万人にのぼりました。

 

※第一次大戦でドイツが化学兵器開発において常に一歩リードしていたのは、フリッツ・ハーバー博士という天才化学者のおかげでした。今でも利用されているアンモニア合成法(ハーバー・ボッシュ法:1918年ノーベル化学賞受賞)で毒ガスを開発に勤しみ、毒ガス戦を指揮しました。ただ、1915年には妻が毒ガス開発に抗議し自殺しています。

 

第一次大戦が終戦した後は、世界で多くの化学剤が開発され、同時により強力な毒ガスが次々と開発されていきます。ここまでが“毒ガス第1世代”と呼ばれるそうです。

 

極悪の化学兵器「神経ガス」誕生

1936年 ドイツのゲラルド・シュラーダー博士がシラミの殺虫剤を実践してみせたところ、その場にいた数人がバタバタと倒れるトラブルがありました。瞳孔が過度に縮小する症状が見られ、どうやら神経が麻痺しているようでした。

 

これが「タブン」という神経系の毒ガスへつながります。新しい有機リン酸系のガスは、吸入や皮膚からの浸透により心臓や肺の筋肉を痙攣させ窒息死させます。これが、神経を破壊させる毒ガスの最初とされます。1グラムにも満たない量が致死量となり、ホスゲンやルイサイトと比べ殺傷力は100倍ともされます。

 

1938年 ナチス・ドイツは、ゲラルド博士に研究を命じ、タブンの2倍強力な「サリン」を開発します。これはほぼ無色無臭の液体で即効性が高く、もし都市に投下したら数分で死の街に変えると言われるほどとんでもない殺人兵器でした。

 

1944年 サリンよりも更に強力とされる「ソマン」という史上最強の毒ガス兵器を完成させます。

 

なぜヒトラーは、神経ガスを使わなかったのか?

ナチスが命じて作らせた、人類史上最も凶悪な毒ガス「タブン」「サリン」「ソマン」を第2時大戦ではほとんど使用されず、また厳重な機密事項として扱われたため、他国はその存在すら知りませんでした。

 

ナチスは大戦終了までにこれらの毒ガスを7万トン~25万トン備蓄していたとされています。ドイツ敗戦が濃厚となった時、ヒトラーの側近ゲッペルスなどは神経ガスの使用を主張しましたが、ヒトラーは聞き入れず、結局戦争に負けてしまいます。

 

一説によると、ヒトラーは化学兵器を使用すれば、逆に化学兵器のよる報復攻撃が怖かったのではないかとされています。実は、ヒトラーは若かりし頃、第一次大戦でイギリス軍から毒ガス攻撃を受けて失明しそうになった過去がありました。化学兵器の怖さを身に染みた体験が最強の毒ガス使用を躊躇わせたのでしょう。

 

大戦後の調査で、ナチスが開発した恐怖の毒ガスの全貌が明らかになった時、世界は震撼しました。

 

ここまでが、“毒ガス第2世代”と呼ばれます。

 

VXガスの誕生

1952年 ソマンを超える神経系の毒ガスがイギリスで開発されます。それが「VXガス」です。

 

殺虫剤を研究していたラナジット・ゴーシュ博士がイオウを含む有機リン系の化合物を研究中、偶然サリンと同等の威力があるものが出来上がります。これがきっかけで作られたのがVXガスでした。

 

ほぼ無色で無臭なのは第2世代と同じですが、大きな違いは、液体としての状態を長く維持できて残留物として数週間も維持できる特徴があること。つまり、標的が、触りそうな所にあらかじめ仕込んでおいて、もし付着させればダメージを与えられることができるわけです。

 

金正男氏が襲われた空港で、一週間以上経過した後現場検証が行われていましたが、残留物として残りやすいためチェックしたのでしょう(といっても対応が遅いですけど)。

 

未確認ながら、史上最悪の殺人神経ガスがある!?

 

1950年代後半、旧ソ連がVXガスに似た、イオウと導入した「VRガス」を開発したと言われているそうです。神経ガスは作ったとしても保存に難点があるのですが、これは無害の状態の液体を2,3種保存しておくことが可能で、それを合わせることでガスを発生させるという新タイプ。ネットレベルで調べてみましたが、あまり詳細が見つからないのであくまでも未確認のガスとします。

 

第2、3世代と呼ばれる神経ガスは戦争ではほぼ使用されていませんが…

 

1960年代 ベトナム戦争でアメリカが使用した「枯葉剤」の散布は、多くのベトナム民を苦しませ、未だ後遺症に苦しむ人は多いです。

 

1980年代に入っても、エチオピア軍がエリトニアを攻撃。イラン・イラク戦争でイラク軍が、レバノンではイスラエル軍が、化学兵器を使用しました。毒ガスは、一発のミサイルを作るよりコストが安価でしかも大量生産が可能、しかも多くの人を痛めることができる利点があります。

 

ただし、より高度な毒ガスを作るには、製造施設や材料の調達と専門知識が豊富な化学者といった人材も必要となり、決して簡単ではありません。

 

しかし、まさか沈黙を貫いてきた神経ガスの驚異を日本で知らされるとは。

 

日本のカルト教団オウム真理教による事件

 1994年「松本サリン事件」、「会社員VX殺害事件」「駐車場経営者VX襲撃事件」

 1995年「オウム真理教被害者の会会長VX襲撃事件」、「地下鉄サリン事件」

 

神経ガスを利用した殺人はこれらが世界初とされます。特に多くの死傷者を出したサリンは、一般的には知られていませんでしたが、これをきっかけに世界に広まりました。

 

本当はまだまだある!?

冒頭でも言ったように、現在は「化学兵器禁止条約」で使用、開発、保存が禁止されています。ただし、これは1997年に発効した多国間条約です。

 

最強のVXガス誕生から’97年まで45年の間、化学物質も増えていれば研究技術だって格段にアップしています。昆虫を殺す殺虫剤は年々強力度を増しているわけですから、毒ガスの研究者がとんでもない化学兵器を完成させていても全く不思議ではありません。

 

また、この条約には、イスラエル、南スーダン、エジプト、そして北朝鮮は署名していません。

 

そして最も怖いのは、いわずもがなISなどのテロリストです。国じゃないので条約のストッパーなどありません。先日、ドローンに仕込んだミサイルで襲撃する動画がアップされました。もしドローンに仕込まれた化学兵器が投下されたとしたら...核戦争ならぬガス戦争が迫っているのかもしれません。

 

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この記事を書いた人

放送作家 石原ヒサトシ

放送作家 「クイズ雑学王」、「ボキャブラ天国」等 バラエティを中心にイロイロやってきました。なんか面白いことないかなぁ~と思いながら日々過ごしています。野球、阪神、競馬、ももクロ、チヌ釣り、家電、クイズ・雑学、料理、酒、神社・仏閣、オカルトなことがスキです。

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